消えたはずの「幻の和菓子」がなぜ今?『風立ちぬ』のシベリアが令和の若者を熱狂させる理由
風 立ち ぬ シベリアという響きに、胸を締め付けられるような郷愁を覚える人は少なくないだろう。宮崎駿監督の傑作アニメーション映画『風立ちぬ』の劇中で、主人公・二郎が懐から取り出したあの四角いお菓子。カステラで羊羹を挟んだだけの極めてシンプルな作りでありながら、スクリーン越しに漂う独特の存在感は、公開から十数年が経過した2026年の今なお、人々の記憶に鮮烈に残り続けている。
最近、都内のレトロ喫茶や老舗和菓子店を巡ると、若い世代がこぞってこの菓子をスマートフォンで撮影している光景に出くわす。SNSで「#エモい」の象徴として拡散される中、かつて下町の味として親しまれた風 立ち ぬ シベリアの文化的価値が、単なる映画の小道具を超えて再評価されているのだ。
映画が描いた「飢え」と「優しさ」の象徴

劇中、二郎が夜の街頭で貧しい子供たちにシベリアを差し出そうとするシーンがある。差し出された手は拒絶され、自己満足の偽善ではないかと同僚の本庄に指摘される象徴的な場面だ。この描写は、当時の日本の格差社会や、迫り来る戦争の影を色濃く反映している。
ただ甘いだけの菓子ではない。そこには、技術者としての夢を追う二郎の純粋さと、周囲の過酷な現実とのギャップが凝縮されている。観客の心に深く刺さったからこそ、あの四角いお菓子は単なるフード演出を超え、作品の精神的コアとして記憶されたのだ。
なぜ「シベリア」なのか?名前の裏に隠された謎

カステラで羊羹を挟むという和洋折衷の極み。しかし、なぜこの菓子が「シベリア」と呼ばれるのか、その正確な起源は今も分かっていない。シベリア鉄道の線路に見立てたという説や、シベリアの永久凍土をイメージしたという説など、諸説紛々だ。
明治後半から大正にかけて誕生したとされるこの菓子は、当時としては最先端のモダンなスイーツだった。冷やすとさらに美味しくなることから、冷蔵庫が普及していなかった時代に「冷たさ」を連想させる名前がつけられたとも言われている。このミステリアスな背景もまた、現代の考察好きの若者たちを惹きつける要素になっている。
2026年のレトロブーム:Z世代が惹かれる「重厚な甘さ」

2026年現在、日本のスイーツ界は「軽さ」や「低糖質」のトレンドから一転し、あえて重厚でクラシックな味わいを求める揺り戻しが起きている。バタークリームや固めプリンの人気に続き、ずっしりとした羊羹とカステラの組み合わせが「新鮮」と捉えられているのだ。
「コンビニのスイーツも美味しいけれど、シベリアには歴史の重みを感じる」と語る都内の大学生(21)は、週末に老舗ベーカリーを巡るのが趣味だという。タイパ(タイムパフォーマンス)を重視する現代社会において、あえて手間暇かけて作られた素朴な味に時間を費やすことが、一種の贅沢として機能している。
絶滅寸前だった職人技の継承と、新たな挑戦
実は、シベリアを作るには高度な技術が必要とされる。羊羹が熱すぎるとカステラに染み込んでしまい、冷めすぎるとうまく接着しない。絶妙な温度管理と職人の勘が要求されるため、量産が難しく、一時は多くの個人商店の廃業とともに消え去る危機にあった。
しかし、映画のヒットと近年のレトロブームを受け、地方の老舗パン屋や和菓子店が製造を再開する動きが加速している。中には、抹茶味の羊羹を使ったり、フルーツを挟み込んだりといった、現代風にアップデートされた「令和版シベリア」を提供する新進気鋭のパティシエも現れ、市場は再び活気を取り戻している。
食文化としての「シベリア」を未来へつなぐ
単なる一時的な流行で終わらせず、日本の独自の食文化としてシベリアを後世に残そうとする動きも活発だ。地域のコミュニティや文化保存団体が、伝統的な製法を若い世代に伝えるワークショップを開催するなど、その価値を守る取り組みが始まっている。
私たちは、激動の時代を生きた先人たちの知恵と感性を、この小さな菓子を通して受け取っているのかもしれない。『風立ちぬ』が描いたあの時代の空気を内包しながら、シベリアは今日も、私たちの日常にささやかな甘さと、深い歴史の余韻をもたらしてくれている。 (出典: 風 立ち ぬ シベリア(Yahoo!ニュース))